21.9.27 「大きくて」「小さな」命

子育て日記

今も元気な私の娘の話を一つさせてください。

私の娘は2021年5月に産声を上げました。

まあ元気な子ですよ。わんさか泣きますし、よく母乳も飲む元気な子です。

ただ一つだけ。ちょっとだけ鼻の下の唇が繋がっていませんでした。

最初はショック

出産時、帝王切開だったので、手術が終わるまで病室の外で2時間半待機。旦那さんも辛いのよ。

そして手術室から出てきた担当のお医者さんに「ご説明がございます」と言われました。

この瞬間、心臓が一瞬にして虚無の中に失われたような、そんな感じになりました。

説明は「口唇裂、口蓋裂です」という内容で、当時の私は少しだけ写真で見たことがある病名でした。

「大きな病気では無いけど。まさかうちの子が…。」と言った心境。

でもまずは元気で何よりで、嬉しいいんだか申し訳ないんだか。そんな気持ちになりました。

そして、帝王切開だったので出産後は保育器に入っていまして。ガラス越しから我が子とご対面。

我が子の口元を見たときに、肯定したいけど、やっぱり心の奥底で芽生えるんですね。

「すまん」って感じが。謝っても仕方ないんですけどね。

んでもってその次に思い浮かんだのが

「両親なんて思うだろうな…。」というなんだか自分勝手な思いでした。

理由としましては、妻側の家庭では待望の孫第1号で、こりゃショックなんじゃないかな〜って。

そんな思いと、目の前の娘の姿と、術後の安堵感とがミックスされた私の心はきっとどうかしてたんですね。説明してくれたお医者さんの前で過呼吸を起こしてしましました。

いやー弱い心は治したいところです。

過呼吸が治ってから、LINE &電話で妻のお母さんにご連絡。どんな返答をいただけるものかとヒヤヒヤしていたのですが、デジタル処理されたお母さんの肉声は

「良かったじゃない無事で!可愛い可愛い!」というものでした。

救われた。

その日は底抜けの晴天。まさにその時の私の心を表していました。

芽生えていた不安が、一気にこの晴天の遥彼方に吹き飛んでいく感じでした。

やっぱり親というものは、どこまでも偉大なんですよ。偉大であるべきなんですよ。

すくすく育つよウチの子は

そこから私の両親にも説明をしてまして。なぜかすぐに私の姉にそれが伝わり

「大丈夫大丈夫!今は綺麗に直してもらえるよ!」

とサポートコメントをいただきました。姉は2児の母であり、それだけでビッグな説得力がありましたね。

ナイス!姉!

それからは、時計の針を自分の手でぐるぐる回す勢いで時間は高速に流れていきます。

ダイレクトに母乳も飲み、足りない分は専用の哺乳瓶でゴックゴック。それはそれは深夜に何回哺乳瓶を洗ったか。この娘は世話が焼ける。

そして1ヶ月も過ぎた頃。口唇裂を直すため、手術をとある巨大な大学病院で行うことに決定しました。最善の環境で治療を進めたいからです。

そして大学病院の担当医からは

「口唇裂は500人に1人の割合で発生する先天性の病気です。問題ないですよ。」

と説明を受け、そこまで珍しくないんだな〜と改めて実感。

手術は全身麻酔を安全に受けられる生後4ヶ月に決定。

そして3ヶ月もすぎると、該当部分が猫の鼻(私は鼻袋と読んでいまして、大好物)のようになっていきます。

それはもう可愛いのなんの。

あ、鼻袋は下の写真見たいな感じです。

写真:おかえり園田くんシリーズ「黒部」

そして手術日が近づいてきて、徐々にこの鼻袋ともお別れが近いことを悲しんでくるほどの愛おしい存在になってきました。

ここまでビッグな存在になって、ここまで私にたちに癒しをもたらすとは。

赤ちゃんとは大きな存在なんですよね。

生まれた時に思った「すまん」と言う気持ちは、この時には消えて無くなっていました。

手術の日までは。

入院して気づく周りの環境

さて、口唇裂の手術は大体4時間くらい。そしてその後1週間入院します。

我が子は麻酔師さんのスケジュールの関係で、手術の三日前くらいに入院しました。

入院した部屋は相部屋で、4人部屋でしたが1人だけ一緒に過ごす赤ちゃんがおられました。

同じ口唇裂の患者さんかな、、と思っていたのですが。どうやら違う病気でご入院

そしてその子は生後2ヶ月。。。

結構重めの病気とのことで、遠方(それこそ本州ではないところから)からご入院されていました。

この大学病院に凄腕の先生がいるらしく、そこでしか治療ができないらしいです。

その話を聞きつつ「うちの子の症状は軽いものなんだな、、」と思っちゃたりしました。

ご本人(娘)には失礼な感情ですね。こりゃ。

私もその病院にはお隣の県から来ているのですが、その方はその20倍は遠いところから来られています。

うん。やっぱり我が子は最善の環境で治したいんですね。この思いは同じなわけです。と勝手に思うことに。

そのご家庭に生まれた子は、どんな状態でもきっと「大きな」存在なんですよ。

そんな大きな存在はすっごく「小さな」命なわけでして。それは大人なんかに比べると、すごく儚い物なのです。

どんな病気であれ、その小さな命をなんとかしようと、その大きな存在を守ろうとする状態が、この大きな大学病院の小さな部屋の中で続いているんだな。と実感しました。

手術中に思う

てなわけで我が娘の手術が始まりました。

手術室に運ばれる娘を見て、なんとも言えない感情になりました。

いや、それは「申し訳ない」とか「綺麗になるんだよ」とか、そんな色んな言葉の集合体みたいなものなのですが、それだけで表せるものではなくて。

もっとこう、「ギュッ」とした何かが心の中に芽生えるんです。すっごく小さな「ギュッ」としたものが。

これはきっと、娘の命を預けるということなのかな、、と思いました。

我が子の口唇裂口蓋裂は命に関わるかというと、そこまで重いものではありません。母乳も飲めていますしね。

でも直した方が良い病気だと思います。それは娘の将来を考えて、勝手に親が判断したことです。

その判断で、その過程である手術で何か起きたらどうしよう。。と思っちゃったりするわけですよ。

小さな赤子ですからね、うちの子は。そりゃ小さな命です。ちょっとした手術にも耐えられるかわからない感じです。全身麻酔ですし。

それでもし何かあった時には、それは大きな、大きなものをすっぽり無くしてしまうわけです。

同じ病室のご家族の思うところとは、そりゃ規模が違います。でもこの「ギュッ」とした何かに心配する気持ちは同じだと思います。

そんな感じで心配MAXで待った約4時間。無事に手術終了。

手術室の前で麻酔が少し切れてギャン泣きする我が子を見て、「あ〜泣いてる〜」といつもの感じが帰ってきた喜びを味わいました。

赤ちゃんは小さいが「大きな」命

同じ病室のお子さんとは違う病気で、きっと医学的には我が子の方が軽い症状なのかもしれません。

ですが、その我が子を治したい気持ちは同じなはず。

それは、我が子がその家庭の中でとんでもなく「大きな」存在であるからだと思います。

赤ちゃんというのは見た感じみんな「小さな」命です。でも、その存在たるものは計り知れない「大きな」命です。

それは、どんな病気であっても変わらない、と思うことにしました。

そんでもって、少しでも「うちの子の症状は軽いものなんだな、、」と思っちゃたりした私は、やっぱり娘に失礼だったのかな、と思いました。すまん!娘よ!

本当は大も小も無いんだとは思いますが、そのご家庭の小さな赤ちゃんを守ろうとする現場に居合わせることができて、少し考えさせられた。そんな話でした。

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